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山に火を入れる

椋川では、つい50年くらいまで毎年山に火を入れていました。
4月10日頃、集落総出で山に登り、尾根から火を入れるのです。
面積も広くて数百ヘクタール(甲子園球場50個分以上)にも及びました。

山を焼くことでススキや木(ナラやクリ)の発芽を促し、丈の揃った「カリボシ」や「ホトラ」を採集するためでした。
「カリボシ」や「ホトラ」は牛小屋の敷き草に使いました。
また火入れ地は春になると山菜の宝庫でした。ウド・ゼンマイ・ワラビ・・・・・

山焼き」は山里の暮らしに無くてはならない事だったのです
乾いた古竹を松明のようにして、火を入れます
斜面の上から火を入れます。
上から広がる炎はじっくりと、燃え下がり、土を焼きます。
下から火を入れると、「表面だけが焦げるだけで、土が焼けない」と椋川の人は言います。
炎はときに激しく燃え上がり、刻々と
すがた・かたちを変えていきます
延焼を食い止めるため、「ヤッキリ」という防火帯を作り、さらに杉葉で叩いて、隣の山に燃え広がるのを防ぎます。
山焼きを再現するために、椋川集落のみなさんにはいろいろと協力していただきました。
昔と比べると、猫の額ほどの面積(約2000平米)でしたが、山から立ち上る炎と煙は、皆さんの目にはどんなふうに映っているのでしょうか。
山に火を入れるとどんなことが起こるのでしょうか?
火入れをしていた頃と現在では、山や集落を取り巻く環境が大きく変わっています。
私たちが山の火入れにこだわるのは、単なる「懐かしさ」のためだけではありません。
山の荒廃、山里の過疎化、ひどくなる一方の獣害、川や琵琶湖の富栄養化、松枯れやナラ枯れ、などなど
山を焼いていた時代には考えられなかった事象が、現代の山に「異変」として起こっています。
もしかすると「山を焼かない」事が、これらのことと何か関係があるのかもしれません。
山を焼いていた頃の山里の人たちの暮らしや、山への思いを想像しながら、現代的な火入れの意味を考えようと思っています。
(火野山ネット)連絡先:hinoyama_net@yahoo.co.jp