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むく郷の風景
 椋川は600年ほど前までは、「むく郷(むくさと)」と呼ばれていました。ここに出ている写真は、もちろんその頃ものではありませんが、江戸時代の風景とほとんど替わらないものと思われます。もしかするとさらにさかのぼって「むく郷」の風景かもしれません。
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 今の分校あたりから寒風川下流方向に向かって撮った写真。
 左側の尾根が「カリボシ山(ホトラ山)」大きな木(マツか?)が生えている以外は、一面の草原。毎年4月中頃に山焼きをした。焼いた後からは一斉に新芽が芽吹き、ワラビやゼンマイも一斉に出たという。生えてきた柴(コナラなど)は土用にはいると、鎌で刈り取り、牛の床に敷いた。
 中央の谷には田んぼが見える。右側の尾根は雑木林のようです。
 画面左奥の尾根も全て、カリボシ山です。
(撮影時期:昭和19年夏)
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 現在の分校の校門辺りから笹が谷方向を撮った写真。
 意外にも民家近くでもかなり木が生えている。右手奥が国道367方向。
画面中央やや左の小屋は石灰を置くためのものだそうです。
(撮影時期:昭和19年夏)