| 2007年3月 | ||
| ○「新・椋川音頭」づくり始まる! | ![]() |
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椋川音頭はいわゆる「高島音頭」の仲間に入ります。高島市内に伝わる盆踊り唄とよく似ているのですが、調子や踊り方など違いがあります。そして椋川音頭の歌詞は「鈴木主水(すずきもんど)」などの物語で、特に椋川の物語というわけではありません。 さて一昨年、明治時代に作られた床几を復元し、そして昨年夏に30数年ぶりに「椋川音頭」による盆踊りが再現できました。集落のおばさんたちには、本当に喜んでもらえて長い間タンスの奥にしまい込んでいた浴衣を出してきて、床几の周りを踊りました。その椋川音頭を復活させる過程で、「椋川の話で音頭の歌を作れないかなぁ」という話が出たのです。私も椋川の昔の話に興味があって、折にふれ話をしてもらっていましたが、なんとかそれを形にできないかなぁ、と常々考えていました。このホームページも勿論その一つなのですが、どうもしっくりしていませんでした(確かに情報発信にはHPは便利なツールなのですが・・・・)。そこに「新・椋川音頭」の提案。雪で野良仕事ができない冬の時期に「生き生きサロン」の行事として集会所に集まっていただき、また聞き書きのプロ(?)の県立大学の学生さんにも協力してもらって、昔の話をしながら歌詞を作る作業をしました。昔の暮らしの聞き書きをしているとといつも思うのですが、若かりし頃の話は年配の方を元気にしてくれますよね。歌を作って元気になって、さらに自分たちで作った音頭で踊って元気になってまさに一石二鳥! 現在20番くらいまでできました。今年の夏になんとかまでに50番くらい(最終的には108番)まで作って、それで音頭を踊れたら素晴らしいな、と考えています。 椋川音頭を含む高島音頭が高島市の無形文化財にしていされましたが、どこの地域も音頭の保存に苦労されています。後継者が育たないのです。もちろん椋川も例外ではありません。この「新・椋川音頭」が音頭の保存にも一役買ってくれればとも思っています。 |
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| ○小原谷〜ゲベット越え | ||
| 小原谷生まれの、はるみさんといつこさん二人と一緒に、小原谷へ行った。 一緒に同行願えないかと誘うと、お二人ともとても懐かしんでくださり、「是非とも一緒に・・・」ということになった。 小原谷自体は35年ほど前にすべての家が離村し、廃村になっている。建物はしばらくあったものの、雨・雪・風にさらされ、形をとどめているものはない。 屋根瓦やタイルが貼られた風呂場や炊事場、崩れ落ちて苔むした柱や梁があるおかげで、そこに家が建っていたのだとわかる程度である。 さらに小原谷から、上中町の河内へ抜けるゲベット越えを教えてもらった。 道らしい形はほとんど皆無。 谷はシカによって植生も疎らで、地肌もむき出しになり土砂の崩壊が始まっていた。 (つづく) |
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