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過去の「今の椋川」へ

2005年9月
120年前に制作された「床几」を30年ぶりに
復活させて盆踊り大会!
 8月19日、今津中学校有志の生徒たちと、高島音頭保存会による盆踊り大会が椋川分校で行われました。今年の盆踊り大会の目玉は、浴衣姿の女子中学生ではなく、椋川の神社の奥に眠っていた床几<しょうぎ>を約30年ぶりに復活させたことでした。
「床几」とは盆踊りの時に、踊りの輪のまん中に組まれる櫓<やぐら>のこと。ここで音頭をとったり三味線を弾く人が陣取って、踊りを盛り上げます。
椋川には「床几」が地在坊、下尾篠、明良谷、乾谷など小字ごと一つづつあって、字毎に盆踊りをしていたそうです。今回「床几」を復元するにあたり、壊れてしまった部材もあったので他の「床几」から「良いとこ取り」して一つにしたのだそうです。盆前の夏の盛りに椋川のおじいたちが4日間も集まって、ああだ、こうだいいながら復元しました。(残念ながらボクが帰省中だったので、その時の写真はありません)
明治22年(120年前!!)に作られた「床几」で、屋根の下には近江八景をあしらった欄間があり、とても雅な造りになっています。
今津中学校の有志の生徒たちも参加。
華やかな浴衣姿にボクはもちろん、椋川のおじいたちも上機嫌でした。
復元された「床几」を見ながら、「今度は椋川に伝わる『椋川音頭』」を踊りたいな」と話していました。
踊りも高島音頭とはかなり違って、
「腰は振らんなんし、むずかしいでぇ」
(キュウタロウの政子:談)
この冬は、音頭を習って、来年の盆には椋川音頭も復活させたいと、心に誓うのでした。
高島音頭保存会のよしおちゃん!
汗を搾りながらの太鼓打ち!
 昔の盆踊りの様子を聞いてみると、、、
▲クロサのおじいが三味線が上手だった。椋川だけでなく他の在所の盆踊り大会にも三味線片手に弾きに行っていた。
▲よそから「音頭あらし」がやってきて、音頭取りを替わってもらって、ひっちゃかめっちゃかにしてしまう若者がいた。(迷惑な話だけど、それも一つ余興のようで楽しかった)
▲上手な人が音頭をとると、踊りの方も盛り上がった。決まった歌詞もあったが、それだけでなくアドリブを時々入れて世相を反映したものや、ちょっとHな一節を入れて雰囲気を盛り上げた。などなど、、、、
○台風14号のつめあと
九州・四国などに甚大な被害を出した台風14号。椋川にとっては西にそれた分、被害は少なくてすみました。
それでも寺の裏山の杉が倒れてきて、お墓2基が大破。本堂の屋根が少し壊れました。